ペーパーレス化は、すでに多くの企業で取り組まれています。
会議資料はPDFで共有され、請求書はデータで受領され、給与明細もデジタル化されるようになってきました。こうした流れを見る限り、本来ならば紙は減っていてしかるべきだといえるでしょう。
しかし、現場では、そうはなっていないことが往々にしてあります。PDFで配布された資料がそのまま印刷され、データで届いた書類も一度出力されてから処理されることはよくあります。結果として、ペーパーレスを進めたにもかかわらず、むしろ紙の量が増えているという逆転現象さえ見られます。
この問題は、一見すると「紙かデジタルか」という選択の問題に見えます。しかし、実際にはもう少し手前に原因があります。結論から言えば、病巣は、印刷という行為そのものではありません。むしろ、業務の設計が変わっていないことにあります。
そもそも、なぜ企業はペーパーレスを進めようとするのでしょうか。
コスト削減や環境配慮といった理由はよく挙げられますが、それだけではないはずです。紙を減らしたからといってコスト削減効果は企業全体のコストからみれば決して多くはありません。そして、紙を減らすこと自体が目的であれば、これほどまでに形骸化することはありません。
本来ペーパーレスが目指しているのは、「紙をなくすこと」ではありません。情報を、より速く、正確に扱える状態にすることです。
紙は、物理的に存在するがゆえに、共有や検索に制約を持ちます。たとえば、誰かの机の上にある資料は、同時に別の人が参照することはできず、探す行為そのものにも時間がかかります。
ペーパーレスと表裏一体で進められるデジタル化は、その制約を取り払うための手段として導入されてきました。つまり、PDFにする、クラウドに置く、システムを導入するといった手段を通して、場所や時間に縛られず、必要な情報にアクセスできる状態をつくることがペーパーレスの本来の意義です。
しかし、以上の前提が崩れると話は逆転します。
情報がどこにあるのか分からず、検索しても見つからないとしたらどうでしょうか。そうした状態では、デジタルは利便性を失い、単なる「分かりにくい置き場所」になってしまいます。
ここで重要なのは、現場にとって紙が必ずしも非効率ではないという点です。紙の資料は探す必要がなく、権限設定に悩まされることもなく、すぐに手元で確認できます。デジタルのほうが便利であるはずだという前提が成り立たない状況がある以上、紙が選ばれること自体は合理的な判断です。そのとき、目の前にあり、確実に参照できる媒体として紙は再び意味を持つようになります。
つまり、必要な情報に辿り着けないことが、ペーパーレスが頓挫する要因となっているのです。そしてそれは、紙の問題ではなく、情報の扱い方そのものが設計されていないことを意味しています。
この問題を厄介にする要因の一つがセキュリティと運用の側面です。ファイルのアクセス権限が複雑になることで、必要なデータにすぐアクセスできない、あるいは保存場所が分かりづらいといった状況が生まれるためです。
では、情報セキュリティの観点でみたときに、紙は本当に安全なのでしょうか?
この問いに対する答えは単純ではありません。確かに、デジタル化せずに紙を利用すればハッキングやランサムウェアによってPDF資料が外部に流出する心配はないというのは一つの考え方です。しかし、印刷された資料は回収されずに放置されたり、会議資料に紛れ込んだり、そのまま廃棄されたりすることがあります。デジタルデータであればアクセスログや権限管理が可能ですが、紙にはそれがありません。さらに、紙媒体の資料を廃棄した際に、そこから情報が漏えいしてしまうこともあります(※廃棄された紙媒体の資料を用いて情報を盗み出す手口は、セキュリティ用語では「スキャベンジャリング」と呼ばれます。)
つまり、紙は、容易に「管理されていないデータ」になり得るということです。
ペーパーレスの問題は単体の話ではありません。同じ構造は、AI導入やRPA、市民開発といった他のDX施策でも繰り返されています。つまり、ツールが導入される一方で、その前提となる業務設計やデータ基盤の設計が整っていないことで、結果として業務改善につながらないというDXあるあるに陥ってしまうのです。
結局のところ、問題はツールではなく設計にあります。
ペーパーレスを進めるうえで重要なのは、紙をなくすことではなく、業務とデータの扱いをどう設計するかです。どの情報をデジタルで扱い、どこで例外として紙を使うのか、最終的なデータはどこに集約されるのかを明確にしなければ、状況は変わりません。
最初にやるべきことはツールの導入ではありません。現状を整理することです。
ただし、この「整理」という言葉も曖昧なままだと、結局は意味を持ちません。
重要なのは、業務のどこで紙が発生しているのかを単に把握することだけではありません。なぜその場面で紙が使われているのか、デジタルでは何が不足しているのかを切り分けていくことにあります。
たとえば、紙が使われている場面ごとに、その理由を一つずつ見ていくと、単純に「慣習だから」というケースはほとんどありません。
必要な情報に辿り着けないから紙を使うのか。権限の問題でデータにアクセスできないから紙を使うのか。あるいは、承認や確認のプロセス自体がデジタル前提で設計されていないのか。
こうして分解していくことで、初めて「どこを直せばいいのか」が見えてきます。
逆にいえば、この段階を飛ばしたままツールの導入やルールの強化だけを行っても、状況は大きく変わりません。なぜなら、現場で紙が使われている理由そのものが解消されていないからです。
ペーパーレスを進めるとは、単に紙を減らすことではなく、情報の流れと業務の前提を一つずつ設計し直していくことにほかなりません。
ペーパーレスが進まない理由は単純です。デジタル化だけを行い、設計を伴っていないからです。この構造を理解しない限り、どのような施策も期待した効果を発揮することはありません。
筆者:W.S.
ITガバナンスおよび市民開発推進を得意領域とするコンサルタント。中堅〜大手企業のIT統制設計・DX推進支援に従事。個人開発者としてJavaScriptおよびFirebaseを用いたWebアプリ開発にも取り組み、開発現場と統治設計の両面からDXを研究している。同志社大学大学院経済学研究科博士後期課程修了単位取得退学。
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