End-User Computing × Why欠如 = スパゲッティ化 ―― 善意の市民開発が壊れていく理由

End-User Computing × Why欠如 = スパゲッティ化 ―― 善意の市民開発が壊れていく理由

End-User Computing × Why欠如 = スパゲッティ化 ―― 善意の市民開発が壊れていく理由

前回の記事では、サイモン・シネックの「Start with Why」を手がかりに、DXにおいて「なぜ変えるのか」という問いが共有されていないと、施策も組織も動かなくなる、という話をしました。

前回の記事はこちら→ https://dx.est.co.jp/activities/19167

では、Whyが曖昧なまま、「現場に任せよう」、「市民開発を進めよう」、「ノーコードで自律的に改善してもらおう」という判断をしたら、何が起きるのでしょうか。市民開発の前身ともいわれる1990年代に流行したEnd-User Computing (EUC)を例に考えてみましょう。

(※EUCでありがちだった失敗に関する一般論はこちら ⇒ 市民開発が失敗する本当の理由 ーガバナンスとセキュリティは「統制」ではなく「設計思想」の問題

EUCは素晴らしい。だが、Whyがなければ――

EUCは、本来とても強力な考え方です。

現場が自分たちで業務を改善できる。改善のスピードが上がり、小さな工夫が積み重なっていく。

問題は、それをWhyが整理されていない組織で始めたときです。その場合、多くの組織で出来上がるのは、「暗殺者のパスタ(Spaghetti all’Assassina)」とでも呼びたくなる状態です。比喩的に言えば、業務とシステムが見事にスパゲッティ化します。

※スパゲッティ化とは、業務やシステムが複雑に絡み合い、全体像を説明できる人がいないまま改善や修正が積み重なった結果、一部を変更すると、別の業務やシステムに影響が及び、簡単に手を入れられなくなる状態を指します。

なぜ「Why欠如 × EUC」は危険なのか

前回の記事で述べた通り、Whyとは立派な理念やスローガンのことではありません。DXにおけるWhyとは、判断軸です。

  • 何を優先するのか
  • どこまでを許容するのか
  • 迷ったとき、どちらを選ぶのか

この判断軸が共有されていない状態で、EUCを導入すると何が起きるか。答えは単純です。方向の違う改善が、爆発的に増えます

EUCは「How」を高速で生み出す仕組みです。Power Apps、Excel、RPA、生成AI。どれも、やり方を作るスピードを劇的に高めます。しかし、Whyがなければ、そのHowは向かう先を持ちません。

善意の市民開発が負担に変わるとき

ここで起きているのは、誰かの怠慢や暴走ではありません。多くの場合、現場は善意で動いています。彼らのモチベーションは、「自分の業務を少しでも楽にしたい」や「周りの人の役に立ちたい」、「生産性を高めたい」といったものでしょう。だからこそ、彼らは目の前の課題に対して真面目に手を動かします。その積み重ね自体は、決して間違っていません。

ただ、Whyが共有されていない組織では、それらの改善をつなぐ判断軸が存在しません。すると、次第にこんな状況が生まれます。

  • どこで何が動いているのか分かりにくくなる
  • 不具合が起きても、原因に辿り着くのに時間がかかる
  • 誰が判断すべきかが曖昧になる
  • 手を入れること自体に慎重になる

結果として、改善のスピードは落ち、関わっている人の心理的な負担が少しずつ増えていきます。

その結果「触らない方が無難かもしれない」や「自分が判断していい話ではないかもしれない」といった空気が生まれると、本来は現場を助けるはずだった仕組みが、逆に足かせのように感じられることもあります。

問題は技術ではなく、判断軸の共有にある

このような状態を見ると、「現場のITリテラシーの問題ではないか」という声が上がることがあります。しかし、実際の問題は、多くの場合そこではありません。

必要なのは、

  • どこまでを現場に任せるのか
  • どこからは統制が必要なのか
  • 判断に迷ったとき、何を優先するのか

といった判断の基準が共有されているかどうかです。その判断の基準はWhyから導出されるものです。

つまり、Whyが整理されていれば、EUCは現場の負担を軽くする道具になります。整理されていなければ、「任されているのに決められない」状態を生みやすくなります。

市民開発は、自由と責任の設計である

市民開発とは、単にツールを配って「自由に作ってください」と言うことではありません。

業務の意味や判断の責任をどこまで現場に委ね、どこを組織として支えるのか。その設計まで含めて、市民開発です。

Whyが共有されないまま進められると、善意の取り組みが、結果的に負担として現れてしまうことがあります。

まとめに代えて:「Why」があれば、EUCは力になる

EUCそのものが問題になることは、ほとんどありません。多くの場合、つまずきの原因は、「なぜそれを任せているのか」が言語化されていないことです。

Whyが共有されていれば、EUCは現場を支える力になります。共有されていなければ、スパゲッティ化という形で、じわじわと歪みが現れます。

市民開発やEUCを進める中でどこかやりにくさを感じ始めているとしたら、一度立ち止まって、Whyを整理することが次の一歩になるかもしれません。

私たちには、市民開発やEUCを進める際のガバナンス方針の整理を支援してきた実績があります。そうした支援の中で常に意識してきたことは、お客様と「何のために市民開発を進めるのか」についての認識を共有することです。

「現場に任せたつもりだが、かえって動きづらくなってきた」「市民開発を進めているが、どこまで委ねてよいのか判断に迷っている」といった悩みを抱える業務リーダーの方は、ぜひ一度ご相談ください。

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筆者:W.S.

ITガバナンスおよび市民開発推進を得意領域とするコンサルタント。中堅〜大手企業のIT統制設計・DX推進支援に従事。個人開発者としてJavaScriptおよびFirebaseを用いたWebアプリ開発にも取り組み、開発現場と統治設計の両面からDXを研究している。同志社大学大学院経済学研究科博士後期課程修了単位取得退学。